1975年7月16日岩手県に生まれる。
アマチュアラリードライバーの父を持ち、家業が車両販売、整備工場、ラジコンショップ、ラジコンコースを経営していたことから、幼少の頃から車のメカニズムや運転に強い興味を抱く。
専門学校を経て、地元のディーラーに就職。メカニックの道に進む。
96年に初めて走行会へ参加。それまでの危険な峠走行からサーキット走行の安全性と楽しさに目覚め、各地の走行会へ頻繁に足を運び始める。99 年に自ら改造したマシンを駆り、オプション2カップ8戦中8勝の結果を残す。
翌年、初めての公式レース、東北シビックワンメイクにスポット参戦。2位2回、3位1回と好成績を残したことからF1の前座レースへも参加が認められるが、予選決勝共にふるわず、初めて全国レベルで自分に大きく足りない部分に気がつかされ、挫折を味わう。
揺らぐ自信を胸に、翌年シビック東北シリーズにフル参戦。5戦4勝、ポールポジション4回と他者を圧倒するも、第3戦のリタイアが響き、苦渋のシリーズ2位に終わる。
03年、昨年に引き続きインテグラ東北シリーズにフル参戦する。初戦ポールトゥウィンを飾るも、トラブルとセットアップに苦しみ、チャンピオンを逃す。結果はシリーズ2位だが、不満の残るシーズンとなる。
04年、全国に舞台を移し、アルテッツァワンメイクレースに参戦する。初めて体験するレース場と明らかに増えた肉体への負担で、持ち前の速さを引き出せないレース展開をしてしまう。シリーズ5位という結果を真摯にとらえ、さらなる肉体と精神の成長を決意する。
迎えた翌年、オフシーズンの徹底したトレーニングの成果が現れ、緒戦ポールポジション獲得。その後もチームメイトと白熱のチャンピオン争いを展開し、ライバルリードで迎えた最終戦に会心の勝利。ついに市販車ベースの最高峰カテゴリでチャンピオンを獲得する。
07年、BENELOP ADVAN NSXを駆り、スーパー耐久選手権に参戦。予選は上位タイムを連発し、本戦もクラストップをたびたび走行するなど、抜き出た速さを見せるが、結果に繋がらず、クラス7位でシーズンを終える。複数ドライバーによる耐久レースの難しさを学んだシーズンとなる。
S耐2年目となる08年、エクセディH.I.S.イングスZで参戦し、優勝4回を含む全戦表彰台の偉業を達成する。チームの中核的な役割を果し、勝てるドライバーとして多くの関係者に認知されたことで、今後のキャリアに大きく影響するシーズンとなる。
09年、asset.テクノファーストZでスーパー耐久シリーズの最高峰であるST1クラスに舞台を移し、BMW勢の牙城切り崩しに挑んだ。チームの中心的存在として随所に光る走りを見せるも、度々のマシントラブルに見舞われるなどの不運も重なり、シリーズ4位に甘んじる結果となった。
10年は、初音ミク X GSRポルシェで念願のスーパーGTに挑戦する。新しいステージでの走りに一層の期待がかかる。